【僕が育休1ヶ月間で学んだこと⑨新しい学びの実験結果】

From シンヤ(男女のパートナーシップ研究所)

※火曜日のブログは夫シンヤが担当します

(→前回のつづき)

※僕が最近「Paternity leave (育休)」を取った期間の学びのシェアの続きです。

言うことを聞かずに泣きじゃくる子どもに対して、

①怒りを爆発させる

②何事もなかったかのように無視する

という2択ではなく、

③共感する

という第3の選択肢を手に入れたことで、僕の心は次第に軽くなっていきました。

それまでどんよりして重い気分だったのが、だんだん解消されてきたのです。

と同時に、子ども達の中にある無邪気さにも気付けるようになってきました。

それまでは、上の子に対して、

「○○して欲しいって言えばいいだけなのに、なぜ急に泣くんだ!」

「ちょっと注意しただけで、なぜ反撃するかのように泣き脅しをするんだ!」

「なぜ、こんな忙しい時にオムツ替えを拒否するんだ!」

「せっかく下の子が寝付いたばかりなのに、なぜ大声で泣き始めるんだ!起きちゃうだろ!」

と、理解できないことが多すぎて、イライラしていました。

そして、泣いた直後に急に機嫌がコロッと直って笑っているのを見ると、「さっきの大泣きは何だったんだ!」と、逆にイラッとしたりしていました。

でも、子どもが泣くことに対する自分の考え方を変えて、「泣くことは、悪いことではない」「子どもは泣くのが仕事だ」と思うようにしました。

そして、子どもが泣き出した時には、収めようとせずに、「悲しいのか?苦しいのか?寂しいのか?よしよし」

と、言いながら背中をポンポンしてみるようにしました。

こうやって声に出すと、僕の脳は自然に「子どもが泣いている原因」を探ろうと機能し始めるのです。

なぜ○○なんだ!の魔力

「なぜ○○なんだ!」という捨て台詞は、相手が理解できない行動をした時のお決まりのパターンです。

このセリフは、怒りの爆発を促します。そして、「なぜ~なんだ!」という言葉に反して「なぜ」の部分は解明されません。

これは、パートナーとケンカになった時にも同じです。

怒りが先行して、相手を理解したい気分になれないからです。

これが、「なぜ○○なんだ!」というセリフの魔力です。

でも、「寂しいのか?」「苦しいのか?」と、具体的な感情を予想して声をかけると、「なぜ泣いているのかを解明しよう」という気持ちになってくるから不思議です。

いくつか思い当たるふしを考えながら声をかけているうちに、子どもの気持ちが予測できるようになってきたのです。

【Before】
「おもちゃが電池切れで動かなくなっただけじゃないか!後で電池を充電してやるって言ってるのに、なぜそんなに泣くんだ!今は他のオモチャで遊べばいいいだろ!」

【After】
「そうか・・・このオモチャが動かなくなったことがそんなに悲しかったのか。まあ、子どもには電池で動く仕組みが理解できないから、止まったら単に壊れたと思うんだろうな。

確かに、自分もそんな気分になったことがあるな。買ったばかりのiPhoneを落として、画面にヒビが入った時には、泣きたくなったよな~。

あの時には、もうダメだと思ってヘコんだけど、結局割れたまま2年使えてるし。でも落とした瞬間は泣けてきた。

そうか、あの時と同じぐらいの悲しみを、この子は今、感じているのか。」

と、冷静に自分の経験と照らし合わせて見れるようになってきました。

そしたら、以前のような怒りを感じづらくなってきたのです。

これは、感情センサーをシャットダウンしてマシン化するのとは違います。

むしろ、感情のセンサーを研ぎ澄ます作業とも言えます。

そして、泣いている子どもの気持ちに自分が寄り添うと、

「こんなオモチャひとつで人生が終わったかのような衝撃を受けるとは・・・カワイイやつめ!」

と、子どもの無邪気さや純粋さが見えるようになってきました。

それまで感じていた「子どもからの攻撃性」がどんどんマイルドになっていき、「そもそも親を攻撃しようとして泣いているわけじゃなくて、ただ悲しみに反応しているだけなのか」ということが分かるようになってきました。

再び幸せも感じられるように!

この新しい試みを続けて数日経った頃、だんだん僕の中でポジティブな感情も感じられるようになってきました。

それまで感じられなくなっていた、喜びや嬉しさといった、幸せにつながる感情も、徐々に取り戻せてきたのです。

そして、育休が明けて再び仕事上で人と話す時には、ギリギリセーフで「また会えて嬉しい!」という気持ちになりました。

「育休はどうでしたか?」と聞かれたのに対して「良かったですよ。」だけで済ますことはできず、この1ヶ月で僕の身に起こったことをすべて話してみました。

そしたら、予想外に受け入れてもらえました。

そして、「良い学びを得ましたね!」と言ってもらえました。

最初の3週間は苦しすぎて死にそうでしたが、今そう言ってもらえるなら、苦しんだ甲斐がありました。

そして最後には皆から「その話はブログに書いた方が良いですよ!」と言ってもらえました。

だから今、こうして書いています。

子どもの理解は異文化交流

僕は今回、子どもたちとのやりとりを通して、「子どもを理解するのは、外国人と話すのと同じじゃないか?」と思うようになりました。

子どもとの会話は、まさに異文化交流のような感覚です。

こちらの常識が通用しません。

人の子どもとたまに遊ぶぐらいなら、その違いが新鮮に感じられて楽しめます。

でも、自分の子どもとなると一緒にいる時間が長いので、違いにイライラしてしまうのです。

外国人との交流でも、軽いあいさつ程度だったらそんなに摩擦は起きません。

でも、相手と長く付き合って深い関係を築いたり、自分が海外に住んだりした場合は、「なんで○○なんだ!」と叫びたくなることがあります。
そんな時には、相手を責めるのではなく、「もしかして、この人は今、悲しいのかな?怖いのかな?寂しいのかな?」と、予想を立てれば、共感できる部分が見つかるかもしれません。

英語が上手に話せるからといって、相手が深く理解できるとは限りません。むしろ、その英語力を使って相手をガンガン攻撃してしまう可能性もあります。

逆に、英語がまだ上手じゃなくても、相手に寄り添う気持ちがあれば、相手と良い関係を築ける可能性があります。

僕にとっての外国人である、自分の子ども2人と、これからも異文化交流していこうと思います。

また気付きがあれば、シェアしますね。

(完)

 

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