【2人目の子どもが無事、生まれました】

From シンヤ(男女のパートナーシップ研究所)

※火曜日のブログは夫シンヤが担当します

しばらくブログ記事をお休みしていたため、ご報告が遅れてしまいましたが、8月25日に妻のサヤが出産して、2人目の子どもが無事生まれました。

元気な女の子です。

ふつう、2人目を産むときには1人目より緊張が少ないものですが、僕たちの場合は逆でした。

1人目を産む時にも緊張はしましたが、その時には「医学が発達した現代は、出産で命を落とすようなことはないだろう」と思っていたのです。

ところが、サヤは1人目を産んだ後に、出血が止まらずどんどん全身の血を失っていき、救急搬送されました。

しかも当時はコロナ禍で、僕の立ち会いは許されていませんでした。

自宅待機している僕のところに、病院の先生から電話がかかってきて、深刻な声のトーンで、

「奥様は今、危険な状態のため、救急搬送先を探しています。ただ、今はコロナ禍ですので、なかなか搬送先の病院が見つからず、いつもより時間がかかっています。また見つかり次第、ご連絡します。」

と言われました。

その後、2時間ぐらいずっと連絡がなく、その間には生きた心地がしませんでした。1分1秒があんなに長く感じられたのは初めてでした。

搬送先が見つかったら、ダメと言われても病院の前までは駆けつけるつりだったので、一応何かお腹に入れておこうと、チャーハンと餃子を買って食べました。

ところが、まったく味がしません。

緊張と恐怖で、すべての感覚がマヒしてしまいました。

幸い、サヤの搬送先は見つかり、僕の付き添いが認められました。(それだけ差し迫った状況だったとも言えます)

緊急搬送先の病院はかなり遠く、タクシーで有料道路を使っても片道40分ぐらいかかって、着くまでにやきもきしました。

僕が病院に着いた時には、すでに緊急処置が終わっていて、サヤは一命を取り留めました。

僕が病室に入った時、サヤの顔はロウ人形のように青白くて、くちびるは紫色で、生きているのが不思議なぐらいに見えました。

サヤの姿を見た瞬間、僕は全身から力が抜けてしまい、ヒザから崩れ落ちそうになったのを、今でも覚えています。

2年半前にそんなことがあったので、今回の2人目出産はモーレツに緊張しました。

準備万端

今回は、最初から大きな病院にして、前回のようなことがあっても院内で処置ができるようにしました。

しかも、立地も家からできるだけ近い病院にしました。

徒歩で15分、ダッシュすれば10分で着く距離です。

さらに今回は、コロナが落ち着いたおかげで、立ち会いが許されました。

当日にサヤの側にいられるのは、とても大きな安心感があります。

今回は前回と同じく無痛分娩だったのですが、前回のカルテの情報がしっかり共有されているようで、助産師さんや麻酔医さん、産科医さんたちが、すごく注意深く進めているのが伝わってきました。

スピードよりも安全面を重視して、サヤの身体の状態を常に観察しながら、少しずつ促進剤や麻酔を注入して、ゆっくりじっくり手順を踏んでいっているのが分かりました。

そのため、サヤも終始落ち着いてリラックスしているようでした。

案ずるより産むが易し

そのおかげか、今回は「案ずるより産むが易し」ということわざがピッタリ当てはまる結果になりました。

陣痛が始まってから、そんなに長い時間をかけずに赤ちゃんが出てきました。

トータル3~4回ぐらい力んだ後に、スポッと抜け出てきました。

(僕は血に弱いので、サヤの頭側に立って手を握っていました)

生まれた後の処置もすごく手早くて、先生たちはあっという間に止血してくれました。

そのため、産んだ後のサヤの体力が前回とは全然違いました。

前回は、産後3日間ぐらいは貧血で立ち上がれずに車いす移動でしたが、今回は顔色も良く、翌日からは立って歩けました。

同じ出産でも、こんなに違うのか!と驚くほど、母体の消耗度合が違うのが分かりました。

初めて見た「人が生まれる瞬間」

僕は今回、初めて立ち会ったので、人が生まれる瞬間も初めて目撃しました。

この世に出てきたばかりの赤ちゃんから「オギャ~!」という産声が出た瞬間を聞いた時には、思わず「おぉ~!スゲー!」と声が出てしまいました。

人間の持つ生命力というか、生きる意志のようなものが、大きな産声からビリビリと伝わってきました。

小さな身体で、目も見えず、手足も満足に動かせない状態で、必死で泣きながら深く呼吸をしている姿が、とても力強く見えました。

赤子が必死で生きようとする姿勢を見ることは、自分の生き方を振り返るきっかけにもなる気がしました。

1人目が生まれたときとの違い

1人目が生まれた時との違いは、初日から痛感しました。

それは、「1人目の世話がある」ということです。

2人目が生まれた瞬間に、1人目の娘が急に「これからは自分のことは自分でやるから、大丈夫だよ」なんて言ってくれたりはしません。

むしろ、わがままになることさえあるのです。

当たり前ですが、この「1人目の世話」がけっこうな大変さだと分かりました。

僕は朝から夕方まで病院にいて、帰ったら30分ぐらい仮眠を取って、保育園に娘を迎えに行きました。

その後は、

・夕飯を食べさせる

・風呂に入れる

・寝かしつける

・翌日の保育園の準備をする(着替えやオムツなど)

という一連の作業を行いました。

寝かしつけが終わった後には、自分のご飯を食べる気力も残っていないぐらい、グッタリ疲れてしまいました。

そしてすぐ翌日には、

・着替えさせる

・朝ご飯を食べさせる

・保育園に送り届ける

・洗濯物を洗う

という一連の作業が待っています。

今まではサヤと分担していた作業をすべて自分ひとりでやることで、作業量が何倍にも感じられました。

2人目を産んだ後の負担が大きく感じる理由は、ここにあると思います。

今までやってきたことに加えて、一気に新しいタスクが増える感覚です。

しかも子育ての場合は、タスクの数を減らすのが難しいところがあります。

「今日は忙しいから、晩ご飯抜きでよろしく!」

とか、

「あら、うんち出ちゃった?今はオムツ替えに対応できないから、明日の朝までそのままでガマンしてね。」

というわけにはいきません。

すぐにやらなければならない緊急事態が多いです。

この状況をどう切り抜けるか?どう負担を減らしていくか?慣れればラクになっていくものなのか?まだ研究の余地がたくさんありそうです。

また何か新しい発見があったらシェアしますね。

とりあえず今は、母子ともに健康でいることに感謝しています。

本当に無事で良かったです。

そして、またブログ記事の執筆を再開します。

(※サヤは完全に体調が戻るまでにはもう少しかかりそうなので、ブログ復帰の時期は未定です)

 

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